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中・上級者向け:ワークショップ追加サンプル

 

今回のワークショップ、入門者向けと思われがちな書籍「耳の傾け方―こころの臨床家を目指す人たちへ」(松木邦裕 著、岩崎学術出版)を用いているのですが、中級者や上級者の方にもよい体験となると思います。というのは、私たちの精神分析的な心理療法では、そもそも「心に浮かぶものを自由に(ツールとして)使う」ことが問われるわけですが、この「自由」のためには、常識や価値観から離れ、「自分に浮かぶ自分の思考なのに、それに対して素朴な疑問を抱く」必要があるといえるためです。

精神分析的心理療法をトレーニングするうちに、中級者になってきた方であればこう感じたことがおありでしょう。

「なんとか転移を自分と結びつけることはできるようになった。??でも待てよ、ビオンやジョゼフ、オグデンやボラスの本に書いてあるように解釈をするのはどうやればいいんだ?いや自分は自分なりでいいんだからこのままでも・・・でも何か違う。まあいい・・・のかな?」

これは上級者になる手前まで続くことと思います。多くの方は諦めてしまうようです。ですが、ちょっと待ってください。あなたは初心者から転移解釈ができるようになるまで、学問としては学んだけれども実感できなかったあの感覚が、実体験とリンクしたときの感覚、そう一度知ってしまえば忘れることはないあの感覚を身につけるまで「転移解釈ってこんな感じかな?ちがうのかな?」と浮かびませんでしたか?

確かに中級者になるまでに私たちは大分時間をかけました。そのため、大人の暮らしも必要となり、稼がないといけません。それでへとへとで、まだまだ遊びも楽しみたいなら、またあのなんとも分からなく感じる時間を過ごすのを繰り返せるとは思わないかもしれません。

ただ、問題があります。多くの方が、そこまでは誠実というか真摯というか、当機関で言うところの「深刻」な間は保てていた、どんなに振り返っても尽きない欲望追求や不安回避・既得権益へのしがみつきという「無意識にしておきたい」あの邪魔(だけど人間臭い)ものをもう考えずに乗っかっておきたくなります。それがヒトなのですから、否定はできませんが、それゆえ私たちはこの仕事において(最低限仕事としては)「振り返り続ける必要があるのではなかったでしょうか?

いや、日常の一人の人間である時間はいいのですが、そうした鈍りを抱えた専門家には身を任せたいと感じますか?(既得権益へのあやかりとしては別ですけど)

私は思うのです。「それならば、せめて静かに身を引いているヒトのほうが、もしくは「これが自分の限度です」とちゃんと言えるヒトの方がよほど筋の通った話ができるだろう」と。

きっとみなさんも「真剣に深刻に向き合い、諦めを現実として認識した先に、もう一歩がある」ことはご存知でしょう。

今回のワークショップ。上り詰めるほどに針の穴のように狭まる道を開く「レベルに応じた素朴な疑問」を産むのに効果があると思います。

中上級者の方は何も松木先生と話して直接的な道が拓けるとは思わないのではないでしょうか?もちろんそうです。ですが、もしあなたが、真剣に慎重に深刻に、ためつすがめつ、臨床のことを考える人なら、ただ高名な先生の話をきくのではなく、向き合った対話で呼応した刺激が後で効いてくる役立ち方になると思います。

最後に、これまでのワークショップで出てきた中上級者向けの質問のサンプルを書いておきます。

・面接をしている中で、クライアントトに転移解釈をしているうちに、彼らの言動が現実離れすることがある。テーマがというだけでなく、語り口が分かりやすく退行的というのでもなく、話というか雰囲気の流れについていくのが精一杯で、こちらの解釈もとても断片的と言うかシンプルなことしか言えない。それでよさそうだとも思うが、何が起きているのでしょう??

・反転可能な展望・・・それを(体感的に)経験したケースはありますか?どんな風でしたか?

・改めて聞いてみたいのですが、「健康な逆転移」と『病的な逆転移」のちがいとは?